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1.日本人は世界に名だたる英語下手?

「中学の時から10年近く勉強しているというのに、大半の日本人は英語がちっとも話せるようにならない。だから、日本の英語教育は間違っている」という意見を耳にすることがあります。確かに、他国民のそれと比べた場合、日本人の英語力が相対的に低いことは事実でしょう。種々の国際会議では、多くの国の首脳が母国語ではない英語を使いこなしているのに、日本人だけは通訳を介しているという場面を我々はよく目にします。しかし、日本人の相対的な英語力不足の原因を、すべて日本の英語教育に求めることはできません。

世界の多くの人々が英語を使いこなすことが出来るのは、彼らが日本より優れた英語教育を持っているからではなく、彼らが置かれている状況によるものが大きいからです。それでは、日本人以外の諸外国人に英語が堪能な人が多いのはなぜなのでしょうか? 本稿では、「彼らが話せる2つの理由」をご紹介いたします。


1、国内における英語の位置づけ

諸外国人が相対的に日本人より高い英語力を持っている第1の理由は、英語が国内において公的な役割を担っているということによります。

「英語が話されている国」と言われると、ほとんどの方はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどを思い浮かべることでしょう。しかし、実際にはここに挙げた5つの国は、「英語が話されている国」のごく一部に過ぎません。一説によれば、英語は60を越える国で公用語、あるいはそれに準ずる重要な役割を果たしていると言われています。

朝日新聞論説委員の船橋洋一氏は、著書の中で、英語を話す14〜15億人の人々を表1の様な3つのグループに分類しています。

@に分類される約3億7700万人は、英語を「母国語」として話す人々です。彼らの他にも、英語を日常的に使用する人々がいます。それは、Aに分類されるインド人、フィリピン人、ブータン人、フィリピン人などのことです。彼らは、かつて英米に植民地とされた経験があるなどの理由で、英語を「公用語」かそれに準ずる「第二公用語」などとして使用しています。

彼らは英語を日常生活において頻繁に使うのですから、我々より英語が上手いとしても驚くにあたりません。

(表1)

英語を話す人 14〜15億人 以下の全てを含む
(1)英語を「母国語」として話す人 3億7700万人 アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人、ジャマイカ人など
(2)英語を「第二公用語」などとして話す人 3億7500万人 インド人、フィリピン人、ブータン人、パキスタン人、フィリピン人など
(3)英語を純粋な「外国語」として話す人 7億5000万人 日本人、韓国人、中国人、ドイツ人、フランス人、ボリビア人など

(船橋洋一著「あえて英語公用語論」より)


2、母国語と英語との言語学的距離


日本人の相対的な「英語下手」の第2の理由は、母国語と英語との言語学的な距離によるものです。先程の表1で、Bに分類される7億5000万人は、日本人と同じように英語が公的性格を持たない地域の人々です。彼らが英語を学ぶ際には、我々日本人と同等の苦労を強いられることが予想されます。

しかしながら、実はBに属する諸国民の中にも、日本人よりも英語を学ぶのに好条件が整っている人々がいます。それは、ゲルマン語系(オランダ語・デンマーク語・スウェーデン語・ドイツ語など)やロマンス語系(フランス語・イタリア語・スペイン語など)の言語を話す人々のことです。

ゲルマン語系とロマンス語系の言語は、日本語より遥かに英語との共通点が多い言語であると考えられています。英語と共通点の多い言語を話す彼らにとっての英語学習と、日本人にとっての英語学習を同列に論ずることは出来ません。英語と共通点の少ない日本語を話す我々の方が、より大きな苦労をしないと英語を習得することはできないからです。

学習者の母国語と目標言語(学ぼうとしている外国語のこと)との言語学的距離が、外国語習得に影響を及ぼすということを証明する1つの調査があります。それは、アメリカ国務省の付属機関、Foreign Service Institute(以下、 FSI )が1973年に実施した調査です。

FSIの調査によると、アメリカ人国務省研修生がフランス語・ドイツ語・スペイン語などの外国語における日常生活に支障のないスピーキング能力を習得するのに約720時間かかったのに対して、日本語・中国語・朝鮮語・アラビア語などの4つの言語で同等の能力を習得するには、約2400 - 2760時間の集中的な特訓が必要であった、と言います。

(表2)
アメリカ人国務省研修生が習得するのにかかった時間
フランス語・ドイツ語・スペイン語 約720時間
日本語・中国語・朝鮮語・アラビア語 約2400 - 2760時間

(三枝幸夫著「TOEICガイダンス」より)

FSIの調査は、目標言語と母語との距離が遠ければ遠いほど、その外国語の習得が困難になることを示しています。ゆえに、同じ「外国語」として英語を学ぶとしても、日本人はゲルマン語やロマンス語系の語を母語とする話者よりも習得が遅いのは当然です。

慶応大学の鈴木孝夫名誉教授の言葉を借りれば、このような「言語の親近性」と、「文化や宗教の同一性」により、「ヨーロッパの平凡なタイピストがいくつもの外国語を操ることが出来たり、欧米各国の首脳や高級官僚たちが集まる国際会議で、互いに通訳なしで話が出来たりもする」(「ことばの社会学」より)というわけです。


妥当性を欠く短絡的な英語教育批判


日本人の英語力が諸外国人と比較して想定的に低いのは、以上のような2つの要因によるものが大きいと考えられます。ですから、例えば、「スウェーデンに旅行したら、レストランのウェイターでさえ英語が上手かった。日本の英語教育は、スウェーデンに比べたら質が低いに違いない」とか、「日本のTOEFLスコアは、フィリピンよりも低いらしい。日本の英語教育は、フィリピンに見習うべきところが多いのではないか」という類の批判は、全て無意味です。

前者はスウェーデン語がゲルマン語に属し、日本語と比べるとはるかに英語との共通点が多いことを考慮に入れていませんし、後者はフィリピンがかつてアメリカの植民地であり、「英語の通用度がアジア一高い」と言われていることを考慮に入れていないからです。

日本人の英語力が国際的に低いからといって、日本の英語教育を短絡的に批判することは、妥当性を欠いていると言わざるを得ません。

「英語の社会的位置づけや母語との距離という2つのハンデを差し引いたとしても、日本人ほど熱心に英語を学ぶ国民はいない。日本人が英語が出来ないのは、やはり間違いだらけの英語教育に原因があるのではないか?」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。

そのような方には、先程ご紹介したFSIの調査を思い出して頂きたいと思います。FSIの調査によると、アメリカ人国務省研修生が日本語を習得するには、約2400 - 2760時間の集中的な特訓が必要であった、と言うことでした。

ちなみに、「国務省研修生」とは、「数多くの就職希望者の中から、難関を突破して国務省に採用されたエリート官僚の卵、将来の外交官」(「TOEICガイダンス」より)のことだそうです。そんな「将来の外交官」であっても、日本語を話せるようになるには、3,000時間もの「集中的な特訓」が必要なのです。

そもそも、中学から10年やったら英語が出来るようになる、という発想自体が間違っているのではないでしょうか? 言語学的に距離が遠く、しかも、日常生活では全く使わない外国語を、学校教育だけで国民の大半に習得させることは可能なのでしょうか?


外国語学習が苦手なのは、どの国民も同じ

以下の引用文を見る限り、学校における外国語教育の成果は、どの国も大差はないようです。

「アメリカやイギリスでは学校で第二言語として外国語を集中的に学ぶのに(第二言語習得の研究も盛んであるが)、機能的にも流暢さから見てもバイリンガルになれるものはほんのわずかな者だけである」

「1日30分、5年から12年間学習しても、第二言語を流暢に使いこなすようになる生徒はほとんどいない」

「わが国(カナダ)が第二言語教育にどれほど多額のお金を注ぎ込んでいるのかは周知の事実である。……第二言語教育を受けたものはすべて、卒業する時には第二言語を使いこなせるようになっているはずである。それなのに、実際はどうであろうか」
 (Le Blanc 1992)

(いずれもColin Baker著、岡秀夫ほか訳「バイリンガル教育と第二言語習得」より)


引用文を読むと、学校における外国語教育の成果が乏しいのは、日本に限られた問題ではないということが想像できます。

日本人の相対的な英語力不足は、短絡的に日本の英語教育の問題として結びつけて論じられることが多いようです。しかしながら、日本の英語教育を批判する前に、学校教育だけで使える英語が習得できるという我々の前提自体を疑うことが必要なのではないでしょうか。

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(参考文献)
Baker, Colin. バイリンガル教育と第二言語習得(Foundations of Bilingual Education and Bilingualism). (訳)岡秀夫ほか. 東京: 大修館書店, 1993.
大谷泰照. 「日本人の英語下手 言語的な距離と教育政策に問題」. 日本経済新聞. 1999.9.12: 28.
三枝幸夫. 「2.なぜ英語ができるようにならないか」. TOEICガイダンス. 2000-2001.<http://www.nullarbor.co.jp/tg/>
鈴木孝夫. ことばの社会学. 東京: 新潮社, 1987.
船橋洋一. あえて英語公用語論. 東京: 文春新書, 2000.
「Yahoo!トラベル」. Yahoo!. (株)ヤフー.

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