私が執筆した以下の論文が、TESOL Quarterly (Wiley-Blackwell)に掲載されました。
Nakata, T., Tada, S., McLean, S., & Kim, Y. A. (2020). Effects of distributed retrieval practice over a semester: Cumulative tests as a way to facilitate second language vocabulary learning. TESOL Quarterly. doi:10.1002/tesq.596
(研究の背景)
中学校や高校の英語授業で、単語に関する小テストは一般的に行われていることと思います。私も中学生や高校生の頃に英語の授業で単語帳が配布され、毎回決められた範囲に関する小テストが行われていたことを覚えています。
「テスト自体に学習効果がある」という研究結果を考慮すると、単語テストの学習効果をいかにして高めることが出来るかは、重要な研究課題であると考えられます。
* なお、テスト自体に学習効果があるというのは「テスト効果」(testing effect)と呼ばれる現象です。テスト効果に関しては、以下の記事をご覧ください。
「【研究結果】本当に何かを習得したいなら、学習ではなく〇〇が効果的」
先日出版された私たちの研究では、英語語彙学習における非累積テスト(non-cumulative test)と累積テスト(cumulative test)の効果を比較しました。
ここで言う「非累積テスト」とは、それぞれの出題範囲に重なりがないテストを指します。例えば、「中間テスト」では学期の前半で学習した内容が出題され、「期末テスト」では学期の後半で学習した内容が出題される時、中間テストと期末テストの出題範囲には重複がありません。よって、これらのテストは非累積テストです。
一方、「累積テスト」では、その名の通り出題範囲が累積的に増えていきます。例えば、「中間テスト」では学期の前半で学習した内容が出題され、「期末テスト」では学期の後半だけでなく前半でも学習した内容が出題される時、このテストは累積テストと呼ばれます。
数学や心理学の分野においては、累積テストの方が非累積テストよりも学習を促進することが示されています (Beagley & Capaldi, 2016; Khanna, Brack, & Finken, 2013; Lawrence, 2013; Mayfield & Chase, 2002)。しかしながら、外国語学習においても累積テストが記憶保持を促進するかどうかは、これまでの研究では明らかになっていません。
(研究の概要と結果)
上で述べたような背景をふまえ、我々の研究では英語語彙学習における累積テストと非累積テストの効果を比較しました。
参加者は薬学を専攻している日本の大学生72名でした。参加者は非累積グループと累積グループとに割り当てられました。いずれのグループでも、参加者は8週間にわたって80の医学用語を学習しました。授業は1週間に1回行われ、毎週10の英単語が導入されました。翌週の授業では、学習した単語に関する小テストが行われました。
非累積グループでは、前の週で導入された10単語が次週の小テストで出題されました。一方、累積グループでは、前の週で導入された単語だけでなく、それ以前の授業で導入された単語も出題範囲として指定されていました。
以下に非累積グループと累積グループのイメージを示します。
図1. 非累積グループのイメージ。小テスト1では「単語1~10」、小テスト2では「単語11~20」、小テスト3では「単語21~30」が出題範囲。それぞれの出題範囲に重なりがない。 |
図2. 累積グループのイメージ。小テスト1では「単語1~10」、小テスト2では「単語1~20」、小テスト3では「単語1~30」が出題範囲。回数を重ねるにつれて、出題範囲が累積的に増えていく。 |
注)累積グループ・非累積グループともに、毎週の小テストでは10問ずつ出題され、問題数に違いはありませんでした。唯一の違いは、出題範囲が異なっていたということでした。
最後の小テストの3週間後に事後テストを行い、学習効果を測定しました。その結果、累積グループの得点が非累積グループの得点を大きく上回っていました。両グループの差は非常に大きく、累積テストは非累積テストよりも3.4倍も効果的でした(日英翻訳テストで学習効果を測定した場合)。この結果は、累積テストは非累積テストと比較して語彙習得を大きく促進する可能性を示唆しています。
本研究で興味深かったのは、毎週の小テストでは非累積グループの方が累積グループよりも高い得点をとっていたにもかかわらず、学期末の事後テストでは結果が逆転し、累積グループの方が高い得点につながった、ということです。
この結果は、「短期的に学習を促進する学習法が、長期的な記憶保持を促進するとは限らない」ということを示唆しています。言い換えれば、「短期的に学習を阻害する(ように見える)学習法が、長期的な記憶保持を促進することもある」と言うことです(これは、“desirable difficulties”と呼ばれる現象です)。
図3. 累積グループと非累積グループの小テストおよび事後テスト得点。小テスト得点に関しては、非累積グループ(赤い線)が累積グループ(黒い線)を常に上回っていた。一方、事後テスト得点(グラフの一番右)に関しては両者が逆転し、累積グループ(黒い線)が非累積グループ(赤い線)よりも3倍以上高い得点に結びついた。 |
また、本研究の非累積グループでは80単語全てが小テストで1回ずつ出題されましたが、累積グループでは8回の小テストで全く出題されない単語が23個ありました。
しかしながら、累積グループで小テストに出題されなかった単語の事後テスト得点 (40%)は、非累積グループで小テストに出題された単語の得点(25%)を有意に上回っていました。言い換えれば、「小テストに出題されるかもしれない」と学習者に思わせるだけで良く、実際には出題しなくても十分な学習効果が期待できる、ということです。
ただし、それと同時に、累積グループで小テストに出題された単語の事後テスト得点 (56%)は、累積グループで小テストに出題されなかった単語の得点(40%)を有意に上回っていました。この結果は、「小テストに出題されるかもしれない」と学習者に期待させるだけで学習効果があるものの、実際に小テストに出題された単語の方が、そうでない単語よりも記憶保持が促進されるということを示唆しています。
すなわち、「この単語は重要なのでどうしても覚えて欲しい」という単語に関しては、小テストの出題範囲に入れるだけでなく、実際に小テストで出題した方が良い、ということです。
図4. 累積グループで小テストに出題されなかった単語の事後テスト得点 (40%)は、非累積グループで小テストに出題された単語の得点(25%)より高かった。同時に、累積グループで小テストに出題された単語の事後テスト得点 (56%)は、累積グループで小テストに出題されなかった単語の得点(40%)よりも高かった。 注)非累積グループではすべての単語が小テストに出題されたため、「非累積グループで小テストに出題されなかった」という組み合わせは存在しない。 |
毎週の英単語テストにひと手間加える(出題範囲を累積させる)だけで単語学習が大きく促進されるというのは、非常に有益な研究結果であると考えられます。次回単語テストをする際には、新出語だけでなく、以前のテストでカバーされた単語も出題範囲に入れてみてはいかがでしょうか?
「なぜ累積テストは非累積テストよりも学習を促進するのか?」という理論的な側面に関心がある方は、以下の拙論をご参照ください。
Nakata, T., Tada, S., McLean, S., & Kim, Y. A. (2020). Effects of distributed retrieval practice over a semester: Cumulative tests as a way to facilitate second language vocabulary learning. TESOL Quarterly. doi:10.1002/tesq.596
(参考文献)
Beagley, J. E., & Capaldi, M. (2016). The effect of cumulative tests on the final exam. Problems, Resources & Issues in Mathematics Undergraduate Studies, 26, 878–888. doi:10.1080/10511970.2016.1194343
Khanna, M. M., Brack, A. S. B., & Finken, L. L. (2013). Short- and long-term effects of cumulative finals on student learning. Teaching of Psychology, 40, 175–182. doi:10.1177/0098628313487458
Lawrence, N. K. (2013). Cumulative exams in the introductory psychology course. Teaching of Psychology, 40, 15–19. doi:10.1177/0098628312465858
Mayfield, K. H., & Chase, P. N. (2002). The effects of cumulative practice on mathematics problem solving. Journal of Applied Behavior Analysis, 35, 105–123. doi:10.1901/jaba.2002.35-105