記憶術:復習間隔を少しずつ大きくしていく学習法は長期的な記憶保持を促進するのか? Part 2

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(写真はWord Engineのwebサイトより)

前回の記事では、1970年代~1980年代に行われた研究を元に、「復習間隔を少しずつ大きくしていく学習法は、語彙習得に効果的である」と主張することは妥当でない可能性がある、ということを述べてきました。

今回は、1990年以降に行われた近年の研究を元に、「復習間隔を少しずつ大きくしていくスケジュールは効果的なのか?」という点について引き続き検討したいと思います。

拡張分散学習に関する近年の研究:1990年以降

拡張分散学習の効果に関しては、1990年以降にも数多くの研究が行われています。近年の研究では、Landauer & Bjork (1978)とは反対に、「拡張分散学習は長期的な記憶保持を必ずしも促進しない」という結果も得られています。

拡張分散学習(復習間隔を少しずつ大きくしていくスケジュール)と均等分散学習(ある学習項目を一定の間隔で繰り返すスケジュール)を比較した研究の結果をまとめると、以下の通りになります。

(1) 拡張分散学習の方が均等分散学習よりも効果的(7研究)
Cull et al., 1996; Dobson, 2011; Karpicke & Roediger, 2007; Landauer & Bjork, 1978; Maddox et al., 2011, Exp 2; Logan & Balota, 2008; Storm, Bjork, & Storm, 2010

(2) 拡張分散学習と均等分散学習との間に大きな差はない(10研究)
Balota et al., 2006; Carpenter & DeLosh, 2005; Cull, 2000; Kang et al., 2014; Karpicke & Bauernschmidt, 2011; Karpicke & Roediger, 2010; Maddox et al., 2011, Exp 2; Nakata, 2015; Pyc & Rawson, 2007; Shaughnessy & Zechmeister, 1992

(3) 均等分散学習の方が拡張分散学習よりも効果的(3研究)
Cull, 2000; Karpicke & Roediger, 2007; Logan & Balota, 2008

上の一覧に示した通り、7つの研究では、拡張分散学習の方が均等分散学習よりも効果的(= 復習間隔を少しずつ大きくしていくことは記憶保持を促進する)という結果が出ています。一方で、10個の研究では、拡張分散学習と均等分散学習との間に大きな差はない(= 復習間隔を少しずつ大きくしていくことは記憶保持を促進しない)という結果が得られています。残りの3つの研究では、均等分散学習の方が拡張分散学習よりも効果的(= 復習間隔を少しずつ大きくしていくことは記憶保持を阻害する)という結果です。

このように、研究によって得られた結果はまちまちです。なぜ、これまでの研究の結果は一貫していないのでしょうか? その理由として、「拡張分散学習の効果は、少なくとも2つの要因に左右されるからである」という指摘があります (Balota et al., 2007; Dobson, 2012; Karpicke & Roediger, 2007; Logan & Balota, 2008; Maddox et al., 2011; Roediger & Karpicke, 2010; Storm, Bjork, & Storm, 2010)。

具体的には、「フィードバックの有無」と「事後テストのタイミング」という2つの要因が、拡張分散学習の効果に影響すると指摘されています。この2つの要因について、見ていきましょう。

「フィードバック」とは、想起練習の後に提示される正解のことです。例えば、「appleとはどういう意味ですか?」と尋ねられ、その正解(りんご)が学習者に提示された場合、フィードバックがあります。一方で,正解が学習者に提示されない場合、フィードバックはありません。

拡張分散学習の方が均等分散学習よりも効果的であることを示した7つの研究では、いずれも想起練習の後にフィードバックが提供されていません。一方で、想起練習の後にフィードバックが提供されている研究では、拡張分散学習の有効性は示されていません。

この結果から、「想起練習の後にフィードバックが提供されない場合に限って、拡張分散学習は記憶保持を促進する」という傾向が読み取れます(なぜフィードバックの有無が拡張分散学習の効果に影響するのかという点に関しては、こちらの論文をご覧下さい)。

2つめの要因は、事後テストのタイミングです。これまでの研究では、事後テストが学習から24時間以内に実施された場合に限って、拡張分散学習が記憶保持を促進するという傾向が見られます。言い換えれば、学習から24時間以上経過して行われたテストでは、拡張分散学習の有効性はほとんど示されていません。すなわち、「拡張分散学習は短期的な記憶保持を促進する可能性があるものの、長期的な記憶保持は促進しない」ということです(なぜ事後テストのタイミングが拡張分散学習の効果に影響するのかという点に関しても、こちらの論文をご覧下さい)。

一方で、「均等分散学習は短期的な記憶保持を促進しないものの、長期的な記憶保持を促進する」という研究結果もあります(Karpicke & Roediger, 2007)。Karpicke & Roedigerは2007年に、”Expanding retrieval practice promotes short-term retention, but equally spaced retrieval enhances long-term retention.”という論文を出版していますが、この論文のタイトルにある通り、「拡張分散学習は短期的な記憶保持を促進するが、均等分散学習は長期的な記憶保持を促進する」ということです。

これまでに行われた研究を検討してみると、「想起練習の後にフィードバックが提供されていない場合に限って、拡張分散学習は短期的な記憶保持を促進するが、長期的な記憶保持は阻害する可能性がある」ということがわかりました。この結果を元に、「復習間隔を少しずつ大きくしていくスケジュールは長期的な記憶保持を促進する」と主張することは、無理があるように思われます。

第1に、想起練習の後にフィードバックが提供されていない場合に限って、拡張分散学習が記憶保持を促進することが示されていますが、想起練習の後にフィードバックが与えられない状況というのは、外国語学習ではあまり一般的ではありません。例えば、「この単語の意味を以下の選択肢から選んでください」という問題を出しておきながら、その答えを教えてくれないような不親切な英単語学習ソフトは、あまり見たことがありません。また、単語帳や単語カードで学習をする際も、単語の意味が正しく思い出せなければ、答えを確認することが一般的でしょう(この点については、前回の記事もご覧ください)。

第2に、「拡張分散学習は短期的な記憶保持を促進するが、長期的な記憶保持は阻害する可能性がある」という結果が得られていますが、短期的にしか記憶保持を促進しない学習法が外国語学習者にとって有益なものとは考えられません。

一夜漬けをしなくてはならない等、特殊な状況は別ですが、外国語の単語を学習する目的は、その単語を長期的に保持することであるはずです。

拡張分散学習に関してこれまでに行われた研究の結果を考えると、拡張分散学習を効果的な語彙学習法として薦めることは、妥当ではないように考えられます。

第二言語語彙習得における拡張分散学習の効果

前項でご紹介した研究の多くは、実は外国語の単語学習を調査したものではありません。第一言語の単語や人名など、外国語の単語以外の項目を用いています。

外国語の単語学習において拡張分散学習の効果を調べた研究は、今のところ4つしかありません(Kang, Lindsey, Mozer, & Pashler, 2014; Karpicke & Bauernschmidt, 2011; Nakata, 2015; Pyc & Rawson, 2007; 学習に影響するであろう要因が統制されていないなど、方法論上の問題がある研究は除いています)。

第二言語語彙習得における拡張分散学習の効果を調べた研究では、いずれも拡張分散学習が長期的な記憶保持を促進するという結果は得られていません。

このように、拡張分散学習の効果は必ずしも実証されていないものの、「復習間隔を少しずつ大きくしていくスケジュールは効果的である」と主張する研究者は、第二言語語彙習得の分野にも多くいます。例えば、Norbert Schmitt, Nick Ellis, Jan Hulstijnといった世界的に著名な研究者も、拡張分散学習が語彙習得を促進すると述べています(e.g., Ellis, 1995; Hulstijn, 2001; Schmitt, 2000, 2007; Schmitt & Schmitt, 1995)。

ちなみに、第二言語語彙習得において最も広く読まれている書籍は、Paul Nationの”Learning vocabulary in another language” (Cambridge University Press)だと思いますが、2001年に出版された初版では、「拡張分散学習が語彙習得を促進する」という旨の記述がありました。しかし、2013年に出版された第2版では、「均等分散学習は、少なくとも拡張分散学習と同じくらい効果的」という記述に変更されています。

* 注
ちなみに、私が2015年に出版した論文(Nakata, 2015)のAbstract(概要)には、以下の1文があります。

“The finding is significant because this is the first second language study to find the superiority of expanding over equal spacing.”(本研究は、第二言語習得において拡張分散学習の有効性を初めて示した研究という点で、意義深い)

上の文章から、「Nakata (2015)では拡張分散学習が均等分散学習よりも記憶保持を促進するという結果が得られているのではないか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

確かにNakata (2015)の研究では、expandingのスコアの方がequal spacingのスコアよりも高い場合があり、その差は統計的に有意でした。しかし、以下の理由から差はあまりないと考えています。

・ expandingとequal spacingの間に統計的な有意差はあるが、効果量は小さい

・ productive testとreceptive testをしたが、有意差が出たのはproductive testのみ。

・ productive testとreceptive testでは、productive testのスコアの方が信憑性が高い

(receptive test の後にproductive testを実施したため、receptive test のスコアはproductive test に影響されている可能性がある。さらに、学習中のタスクはproductiveだったため、タスクと形式が一致しているproductive test の方が学習成果をより正確に反映している可能性がある)

Nakata (2015) の論文でも、上のような理由から、はじめは「expandingとequalでは差があまりない」と結論付けていました。

しかし、査読者の一人が「効果量は小さいといっても、有意差が出ているのだから、expanding > equalであることを強調すべき」 と指摘してきて、結論を渋々書き直したという経緯があります。以上、裏話でした。

参考文献

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Ellis, N. (1995). The psychology of foreign language vocabulary acquisition: Implications for CALL. Computer Assisted Language Learning, 8, 103–128.

Hulstijn, J. H. (2001). Intentional and incidental second language vocabulary learning: A reappraisal of elaboration, rehearsal, and automaticity. In P. Robinson (Ed.), Cognition and second language instruction (pp. 258–286). Cambridge, UK: Cambridge University Press.

Kang, S. H. K., Lindsey, R. V., Mozer, M. C., & Pashler, H. (2014). Retrieval practice over the long term: Should spacing be expanding or equal-interval? Psychonomic Bulletin & Review, 21, 1544–1550.

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注)本稿は、以下の論文をwebサイト向けに再編集したものです。
復習間隔を少しずつ広げていくことは長期的な記憶保持を促進するか? 先行研究の批判的検証 (pdf)