語彙習得研究の知見を元に日々の語彙テストを最大限に活用する

以前、雑誌「英語教育」(大修館書店)に記事を執筆しました。
その記事の内容をこちらに再掲します。

 


語彙習得研究の知見を元に日々の語彙テストを最大限に活用する

近年、第二言語語彙習得に関する多くの研究が行われています。Nation (2013)は、「語彙習得研究の約30%が過去11年間に行われたものだ」と述べており、語彙習得研究が近年大きな注目を集めていることがうかがえます。

語彙習得研究は、大きく2つに分けることができます。1つは、どのような要因が語彙習得に影響を与えるかを調査する研究です。例えば、「どのような復習スケジュールが語彙保持に最も効果的か?」(e.g., Nakata, 2015a; Nakata & Webb, in press)といった問いは、このような研究で扱われます。もう1つは、語彙テストに関する研究です。例えば、「日本人の高校生はどのくらいの英単語を知っているか?」といった課題を調査するのが、語彙テストに関する研究の具体例です。

前者のような研究は英語教員にとって非常に有益なものです。どのような要因が語彙習得に影響を与えるかを知っていれば、語彙習得の効果を最大限に高めた授業実践をすることができるからです。一方で、実際に研究を行うとなると、限られた授業時間の中で様々な要因を統制し、厳密な実験を行うのはなかなかハードルが高いものです。また、学習者を対象とした実験を行うことに関して、倫理的な抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。一方で、語彙テストを使用する研究であれば、授業の一環として日々の活動にスムーズに組み入れやすいと考えられます。そこで本記事では、主に語彙テストに関する研究を取り上げ、それらを日々の実践に生かす方法について考えたみたいと思います。

なぜ語彙テストをするのか?

語彙テストは教室でどのように活用できるでしょうか? 1つの用途として、学習者が重要な高頻度語(high frequency words)を知っているかどうかを確認することが挙げられます。英語における高頻度語とは、最も頻繁に使われる2,000語を指します。なぜ、英語では高頻度語を覚えることが重要なのでしょうか? それは、「Zipfの法則」によります。Zipfの法則とは、ごく少数の単語があらゆるテキストの大部分を占め、それ以外の大多数の単語は、ほとんどまれにしか出現しないという現象のことです。例えば、英語においては、最も頻度が高い2,000語がBritish National Corpus全体の86.0%を占めますが、それ以外の18,000語は12.8%のみにしかならないことが示されています(Nation, 2013)。英語学習においては、まずこの高頻度語2000を知ることが欠かせません。学習者が高頻度語を知っているかどうかは、Vocabulary Levels Testというテストで測定することができます(リソース①・②)。また、「望月テスト」(リソース③)という日本人学習者用に開発されたテストを使うこともできます。

語彙テストはさらに、学習者のレベルにあったテキストを選ぶ際にも活用することができます。リーディングの授業等で、「教科書以外の英文を扱いたいが、どのテキストが学習者のレベルに合っているのかわからない」という悩みを持たれることがあるかもしれません。このような場合も、語彙テストの結果が役立ちます。これまでの研究では、既知語が95%~98%以上を占める文章であれば、内容理解が可能であることが示されています。例えば、学習者の語彙サイズが2000語である場合は、1000語・2000語レベルの語が95~98%以上を占めている英文テキストの使用が望ましいということです。学習者の語彙サイズは、Vocabulary Size Test(リソース①・②)や望月テスト(リソース③)を使用して測定することが出来ます。また、テキスト中にどのようなレベルの単語がどのくらいの割合で用いられているかを調べる際には、Range(リソース①)やVocabProfile(リソース②)等の語彙レベル分析ソフトが便利です。

テストは最強の語彙学習法!?

語彙テストを実施することには、もう1つの利点があります。それは、テストを受けることで、語彙習得が促進されるということです。ここで、Karpicke & Roediger (2008)によって行われた興味深い研究をご紹介します。彼らの研究では、アメリカ人大学生がスワヒリ語の単語40個をコンピュータ上で学習しました。彼らの研究の目的は、「学習」と「テスト」が第二言語語彙習得に与える影響を調査することでした。ここでいう「学習」とは、「chakula = food」のように、外国語(スワヒリ語)とその母語訳(英語)が提示され、それを覚えることを指します。一方の「テスト」では、「chakula = ???」のように外国語の単語が表され、その母語訳(ここではfood)を入力することが求められました。なお、テストの後には正解(フィードバック)は与えられませんでした。すなわち、chakulaという単語の意味が思い出せなかった場合、正解を確認することはできませんでした。

Karpicke & Roedigerは、学習とテストの回数を操作し、以下の4つの条件の効果を比較しました。

条件1:学習・テストともに約2回

条件2:学習が4回、テストが約2回

条件3:学習が約2回、テストが4回

条件4:学習・テストともに4回

1週間後にスワヒリ語を英語に訳すテストを行い、4つの条件の学習効果を測定しました。その結果、条件4は81%という非常に高い保持率に結びつきました。条件4は学習・テストともに4回と多かったので、この結果は納得できます。最も保持率が低かった(33%)のは、条件1でした。条件1は学習・テストともに約2回と少なかったので、この結果も納得できるものです。それでは、学習回数が多かった条件2と、テスト回数が多かった条件3とでは、どちらの方が効果的だったでしょうか? 意外なことに、保持率が高かったのは条件3の方でした。条件3における1週間後の保持率は81%で、条件4と遜色ありませんでした。一方で、条件2の保持率はわずか36%でした。

この研究から言えることをまとめると、以下のようになります。第1に、学習回数を2回から4回に増やしても、1週間後の保持率は有意には増えません(33⇒36%)。一方で、テストの回数を2回から4回に増やすと、1週間後の保持率は飛躍的に増えます(33⇒81%)。また、テストの回数が4回であれば、学習回数が2回であろうと、4回であろうと、保持率に有意な差はありません(ともに81%)。一言で言えば、語彙習得に影響を与えるのは、学習回数ではなく、テストの回数であるということです。すなわち、テスト自体に学習効果があるのです。これは「テスト効果」(testing effect)と呼ばれる現象です。テストに学習効果があることを考えると、教室で語彙テストを行うのは、リサーチという観点からだけでなく、学習を促進するという点からも大いに有益であると言えます。

このように、テストは研究者・学習者の双方にとって有益なものですが、採点に手間がかかるという欠点があります。しかし、これまでの研究では、フィードバック(正解)を与えなかったとしても、テストは学習を促進することが示されています。ご紹介したKarpicke & Roedigerの研究でも、テストの後にフィードバックは与えられませんでしたが、それでも大きな学習効果が見られました。

テストを採点して返却する場合、「学習者が内容を忘れてしまってからでは意味がないので、なるべく早く採点を終え、返却しなくてはいけない」というプレッシャーを感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、これまでの研究では、「テストの直後にフィードバックを与えても、時間をおいてからフィードバックを与えても、語彙習得に大きな差は見られない」という結果が得られています(Nakata, 2015b)。また、「時間をおいてからフィードバックを与えた方が、直後に与えるよりも記憶保持を促進する」という説もあります。テストを実施したからといって、すぐに採点・返却をしなくてはならないと過度に気負う必要はないと言えます。

今後求められる語彙習得研究

教室で語彙テストに関するリサーチを行う場合、どのようなテーマが考えられるでしょうか? 1つの研究テーマとして、語彙知識の深さを調査することが考えられます。多くの語彙テストでは、学習者が英単語と和訳を結びつけることが出来れば、その単語を「知っている」とみなします。しかし、「英単語を覚える」ということは、必ずしも「英単語の和訳を覚える」こととイコールではありません。語彙知識には、その単語の発音・品詞・語法・コロケーションに関する知識など、様々な側面が含まれます。これが、語彙知識の「深さ」と呼ばれる側面です。「日本人中学生・高校生がどのくらい深い語彙知識を持っており、それが長期的にどのように変化するか?」、「語彙知識の深さの中で、最も重要なのはどの側面か?」といったテーマは、非常に興味深いものです。また、語彙知識の深さに関するテストをすることで、「英単語を覚えることは、和訳を覚えることと必ずしもイコールではない」ということを学習者に認識させるという副次的な効果も期待できます。

また、テストがきわめて効果的な学習法であることを考えると、テスト効果に関するさらなる研究を行うことも有益でしょう。テスト効果に関するこれまでの研究の大半は、短期間の実験に基づいているため、テストが語彙習得に与える影響を長期的に調査する研究が求められます。また、「どのような形式のテストが最も効果的なのか?」、「語彙を定着させるには、どのようなスケジュールで何回テストすべきなのか?」、「テストを解いた後、どのようなフィードバックをどのタイミングで与えるべきなのか?」等、テスト効果を高めるためにはどうしたら良いかを調査することも有益であると考えられます。

ふだんの授業の中で、英単語テストを実施されている方は多いことでしょう。テストにひと工夫することで、学習効果をさらに高めたり、興味深いデータが得られるようになります。語彙テストを中心とした研究に、皆さんも挑戦されてみてはいかがでしょうか?

語彙習得研究に活用できるリソース

①Paul Nationのwebサイト:Vocabulary Levels Test等の語彙テストや、語彙レベル分析ソフトRangeが公開されています。

http://www.victoria.ac.nz/lals/about/staff/paul-nation

②Compleat Lexical Tutor:様々な語彙テストや、語彙指導を促進する有益なツール(例. オンライン・コーパス、語彙レベル分析ソフト等)が無料で利用できます。http://www.lextutor.ca/

③相澤一美・望月正道. (2010)「英語語彙指導の実践アイディア集」東京:大修館書店.単語テストの例が数多く紹介されています。「望月テスト」が収録されたCD-ROMも付属。

参考文献

Karpicke, J. D., & Roediger, H. L. (2008). The critical importance of retrieval for learning. Science, 319, 966–968.

Nakata, T. (2015a). Effects of expanding and equal spacing on second language vocabulary learning: Does gradually increasing spacing increase vocabulary learning? Studies in Second Language Acquisition, 37, 677–711.

Nakata, T. (2015b). Effects of feedback timing on second language vocabulary learning: Does delaying feedback increase learning? Language Teaching Research, 19, 416–434.

Nakata, T., & Webb, S. (in press). Does studying vocabulary in smaller sets increase learning? The effects of part and whole learning on second language vocabulary acquisition. Studies in Second Language Acquisition.

Nation, I. S. P. (2013). Learning vocabulary in another language (2nd ed.). Cambridge, UK: Cambridge University Press.

初出:「英語教育 2016年6月号」(大修館書店)