「英語を学ぶすべての人へ」 > 英語学習を科学する |
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0.英語学習を科学する:序文
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1. 日本人は世界に名だたる英語下手である |
「日本のTOEFLスコアは、北朝鮮と並んでアジア最下位だったらしい。こんなにお金をかけて国民が英語を学習する国もないのに、アジア最下位なんて日本の英語教育はおかしいのではないか?」 |
2. 日本人は文法と読解ばかりやるから、いつまでたっても英語が話せるようにならない |
「日本の英語教育では、文法と読解ばかりやるから、いつまでたっても英語が出来るようにならない。読み書きさえできれば良かった明治時代ならいざ知らず、この国際化の時代には、実践的な英語コミュニケーション力をつけるために、英会話中心の授業を行うべきだ。」 |
3. ネイティブの幼児が学ぶように、我々も自然に英語を習得するべきだ |
「日本語を学習する時は、文法を意識することなく、自然な文脈の中で言葉を使っているうちに、いつの間にか日本語が使えるようになっていた。英語に関しても、文法・和訳中心の『勉強』をやめて、幼児が母語を習得するのと同じプロセスで自然に身につけるべきだ」 |
4. 日本語は英語よりも難しい言語である |
「日本語では本は1冊、紙は1枚、鉛筆は1本と数えるけれど、英語では単位は変わらない。日本語に比べたら、英語はおそろしく簡単な言語である。複雑な日本語を操れる日本人が、これだけ英語に苦労しているなんて、日本の英語教育は一体何をしているのだ」 |
5. TOEICはグローバル・スタンダードである |
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程度の差こそあれ、皆さんにも馴染みのある主張なのではないかと思います。しかしながら、上の1〜5は、いずれも学術的・科学的な根拠から、誤った考えであるということが明確に証明されているものです。
つまり、どの説も非常に説得力があるようですが、実はいずれも英語学習に関する誤解に基づく、学術的には議論の余地すらない俗説に過ぎないのです。
このコーナーを読み終える頃には、それぞれの意見がどのような点で「俗信」というに足りるのか、みなさんにもお判りいただけることでしょう。
それでは、「日本人は世界に名だたる英語下手である」とか、「日本語は英語よりも難しい言語である」といった誤解に基づいた俗信が、まことしやかにささやかれるようになった原因は何なのでしょうか? その原因は、先程述べた一億総英語評論化現象に関係があるのではないかと、私は考えています。
英語教育という分野は、他の学問に比べて、専門家でなくても自分の意見を比較的自由に言いやすい領域であると考えられます。
例えば、空前の英語学習ブームの昨今、書店にいけば、「私はこうしてTOEIC900点を取った!」、「○ヶ月で必ずペラペラになる! 私の英語学習法」などの書籍が、所狭しと並べられています。
それらの書籍に共通する特徴は、著者の多くが英語教育や外国語習得などの分野に関しては何の専門知識も持たない、非専門家であるということです。そして彼らは、自分自身の体験を元に、外国語学習に関する独自の理論を披露しています。専門家以外の方の発言がこれだけ自由に許される学問分野は、おそらく外国語学習を除いては他にないことでしょう。
非専門家が自分自身の英語哲学や学習体験を語ること自体は、なんら悪いものではありません。例えば、21世紀の英語教育は何を目標とすべきなのかといった問題に関しては、英語教育の専門家だけが議論をしても埒が明かない問題です。英語力を駆使して、実際の国際経済や政治の場で活躍されている方々の意見から、非常に多くの示唆を得られることでしょう。
また、英語以外に専門分野を持つ一般の学習者としては、専門家という「英語オタク」の英語学習体験を聞いたところで、たいして役には立たないであろうと考えられます。英語学習に割ける時間が限られている読者にとっては、本業を他に抱えつつも、時間を捻出して見事な英語力を身につけた方々の体験談こそが、参考になり、そして大きな励みになるのです。
しかしながら、非専門家が英語学習の体験を語った書籍には、2つの落とし穴があります。第1に、人間の記憶力とは不完全なものであるため、書籍に描写されている学習体験を、額面どおり我々が受け取ることはできないという問題があります。
外国語教育の分野でも、introspection and subjective reports are notoriously unreliable and easily mistaken" (McLaughlin, Rossman, and McLeod (1983) qtd. in Schmidt and Frota 238) と言われており、学習者の主観的な記憶は、情報源としてあまり当てにしないほうがよいと言われています。
第2に、仮に自分自身の学習体験を正確に記憶していたとしても、非専門家による著作は、自分自身の限られた体験のみに基づいて、独自の英語学習理論を構築し、それを一般化しようとしているという点で限界があります。
外国語教育の分野では、どのようにすれば効果的に外国語が習得できるのか、色々なことが既に証明され、体系化されて、整理されています。しかしながら、非専門家は、そのような学術的な知見にはおよそ関心がなく、自分自身の経験というごく限られたデータだけを元に議論を展開しています。
長年積み上げられた学術的・専門的な知見と照らし合わせると、彼らの「理論」は極めて主観的で、実証性に乏しいものがほとんどです。個人的な体験談として読む分には差し支えありませんが、それを自分自身の英語学習の指針とするには、くれぐれも注意しなくてはなりません。
しかし、残念なことに、非専門家の主張する誤った英語観、英語学習理論が、「常識」・「定説」として広く一般に普及する例を、私は幾つも見てきました。
冒頭で挙げた5つの主張も、そういった非専門家による主観的な発言がマス・メディアという媒体を介して広がり、世間一般に広がってしまった「俗説」なのです。
例えば、「ネイティブの幼児が学ぶように、我々も自然に英語を習得するべきだ」という3番目の説について、少し検討してみましょう。
「ネイティブの幼児のように、我々も英語を習得するべきだ」という考えに基づいた学習法を提唱する書籍が、1999年に韓国でベスト・セラーになりました。その書籍の著者(以下、C氏)は、言語学や外国語教育を専門としているわけではなく、自分自身の学習経験を元に独自の外国語学習法を編み出したといいますから、典型的な「非専門家」の部類に入るといっていいでしょう。
C氏の書籍は、韓国で100万部を超えるベストセラーになった後、日本でも翻訳書が発売され、シリーズ累計70万部を突破したヒットになっています。
C氏の書籍に限らず、ほぼ同様の学習法を提唱する英会話スクールや通信講座も、後を絶ちません。「ネイティブの幼児のように英語を習得する」という考え方は、日本人の英語学習者にとって、それだけの魅力を持ったものであるようです。
しかしながら、学術的・科学的な立場から見れば、C氏の主張に誤りがあることには議論の余地がありません。なぜなら、成人の外国語学習者には、もはや「ネイティブの幼児のように自然に英語を習得する」能力は備わっていないということが、ほぼ定説になっているからです。
その定説は、言語習得の「臨界期(critical period)」という概念により簡単に説明ができます(「臨界期」に関して詳しくは、ネイティブの幼児のように英語は学べる?をご覧ください)。
英語教育を専門に研究をしている私としては、C氏の主張するような学術的には議論する余地もないような誤った考えが、多くの英語学習者によって信じられているという事態を、極めて残念なことと感じています。
多くの日本人英語学習者が、C氏の提唱する学習法を鵜呑みにして、膨大な時間とお金と労力をかけてそれを実践しようとしているとしたら、それは英語教育界、日本社会、更に学習者本人にとって、非常に大きな損失であると言わざるをえません(今や巨大産業となった、英語教育ビジネスにとってはプラスかもしれませんが)。
外国語教育の文献を少し紐解けば明らかに間違いと判るような英語学習法を、あたかも正しい「理論」であるかのように主張する非専門家の怠慢を、私は常々苦々しく思ってきました。
(この文章を書いている2003年11月現在も、C氏の書籍は、アマゾンなどのオンライン書店で英語学習部門のベストセラーの常連ですし、紀伊国屋さんなどの大書店でも、「英語学習法」コーナーの一角を占めています)
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このコーナーは、外国語学習について今までに積み上げられてきた学術的な数多くの知見が、一般の学習者にとって少しでも身近になれば、という願いから生まれました。
「英語学習を科学する」は、多くの日本人英語学習者によって信じられて(しまって)いる英語学習に関する誤解を取り上げ、なぜそれが「誤解」と言い切れるのか、学術的な根拠に基づいて、皆さんに判りやすくご紹介することを目的としています。
「英語学習を科学する」を読まれることで、世の中にはびこる英語学習の俗信から解放され、皆さんが真に効果的な英語学習法に出会われることを願っています。
↓ 以下の目次から、コラムをご覧ください。
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(参考文献)
Schmidt, Richard W. and Sylvia Nagem Frota. "Developing basic conversational ability in a second language: a case-study of an adult leaner" Ed. R. Day. Rowley, Mass: Newbury House, 1986.
鳥飼玖美子. TOEFL・TOEICと日本人の英語力. 東京: 講談社, 2002.
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